コトキロクーShukadiary

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すべての始まりは、学校内の「環境変化」からだったのかもしれない

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息子が不登校になって、色んなことを振り返っては
「あの時こうしていれば」「あの時我慢させなければ」と後悔する日々が続いています。

 

 不登校はすぐ親を責めるのは違うと言っておきながら、自分のことを責める毎日。
考えてももう後戻りはできません。

 

それもわかっているのに。
悔やんでも悔やみきれないし、学校への不信感がどんどん募っていきます。

 

学校内の環境変化が、結果的に息子を苦しめていたんだと思います。
思い出しながらなのではっきりしないところもありますが、記録として書いていきたいと思います。

 

2年生の終わりに来た転校生

 

昨年度の息子は、当時の担任のおかげもあって楽しく学校生活を送っていました。
支援学級も少人数で、とても平和でのんびりとした、息子にはぴったりの場所でした。

 

ところが修了式も間近にせまったころ、転校生がやってきました。
年齢も学年も上で、知的障害のあるAくん。

 

息子は仲間が増えて、とてもうれしそうでした・・・最初は。

 

でも数日が経ったある日、息子は登校前に「お腹が痛い」と言い始めました。
ストレスを感じるとお腹にくる子供なので、何かストレスがあるんだなとすぐにわかります。

 

 

学校を休ませようか悩みましたが、その日は学校へ行きました。
下校時にお迎えに行ったときAくんのお母さんに会い、前日の朝Aくんを教室まで送ったときも、息子がお腹を痛がっていたのを教えてくれました。

 

その時に「気に入った子にちょっかいを出してしまう」というAくんの特性の話を聞いて・・・「あ、腹痛の原因はこれかな」と思って。
これまで対処して来なかったのかな、と思うとなんかモヤモヤして。

 

先生に聞いてみると、やはりAくんが息子にしつこく関わっている様子があるので、何度か注意した、と。
そのときAくんには「しつこくしない」、息子には「イヤな時はイヤと言えるようにする」という話をしたそうです。

 

でも、自分の気持ちをうまく伝えられない息子が、言えるわけないんだよなぁ・・・。
Aくんとはきっと合わないなと思いながら2年生が終わりました。

 

担任が出したクラス編成の希望を、校長が許可しなかった

 

新学期になり学年もあがり、息子の支援学級は人数が増えたため先生も増え、学級を分けることに。
とは言っても、もう一人の先生が支援学級を受け持ったことがないということで、教室は1つで児童の担当を分けるという方法をとりました。

 

正直、息子とAくんは別になるだろうと思っていました。
先生も合わないということはわかってくれていたから。

 

ところが、息子とAくんだけが一緒でほかの子は別という編成でした。
しかも担任(担当)も新しく来た先生になりました。
もうがっかりでした。

 

がっかりしていたその日の夕方、これまで担任だった先生から電話がきました。
「息子くんの担任になれず、Aくんと一緒になってしまいすみません」と。

 

つづけて「私は息子くんのことをよくわかっています。だからAくんとは別にしてあげたい、そして今年度も担任になりたい、という要望を出していました。」

 

「でも、ふたを開けてみたら全く真逆の判断になっていて・・・力になれず、本当にすみません。決定権は校長先生にあるので、この判断は覆らないんです・・・。」

 

校長先生を心底軽蔑しました。
こんなに先生が子供のことを考えて要望を出しても、結局校長のさじ加減一つで変わってしまうなんて。

 

おそらく息子は支援学級の子供の中ではとてもおとなしく、弱い、手がかからない子だと思われています。
Aくんは息子よりも活発で強く、コミュニケーションがとれないからちょうどいいとでも思ったんでしょう。

 

きっとそこからは地獄だったのかもしれない。

 

 

 

頼りないしどこかモンペ対応の担任の先生

 

教室は一つで担当が違う。
でもそれが息子にも私にも安心できることでした。
去年の担任がいつもいてくれたから。

 

新学期が始まって数日して、息子はまた朝から腹痛を訴えてきました。
めずらしく朝ごはんも食べなかったので、また何かあったんだなとわかって。

 

どうしたの?と聞いても答えず、しばらくして「Aくんに昨日お腹をパンチされた」と。

 

一瞬私はストレスじゃなくそのせいでお腹が痛いのかと思って、すぐに病院に行かなくちゃとものすごく焦りました。

 

そして理由を話して学校を休むと電話した後、息子が「もう痛くない」と。
確かに、お腹を見てもあざや内出血は見当たらなかったので少し様子を見ることにしました。

 

午前中にぐっすりと寝て、その後はケロッとして元気。

 

夕方、担任(現担任)から電話が来たので息子が話してくれたことをそのまま話しました。

 

悪気はなかったと本人は言っていたようですが、なんとなくモヤモヤして。
わざとじゃなくても、人にイヤな思いをさせることは悪いと思うし、それが「障害があって、理解できないから」という理由で大目に見てしまうのはおかしいと思うし。

 

翌日は元気だったので学校へ行きました。
教室まで送りに行ったとき、先生がAくんに「ほら!息子くんのお母さんにも謝りなさい!」って。

 

息子には謝ったと言っていたけど、私に向かって無理やり謝らせるのはなんか違うなぁと思って。
このへんがなんか、「親を怒らせると面倒だ」というのが見え見えというか。
苦笑いしかできなかったです。

 

比べてはいけないのかもしれないけど、今の担任は頼りないです。
私が何か聞くと、「ご心配おかけしてすみません」という言葉がまず第一に出てきます。

 

困っているのは息子なのに、先生はどこか私を困らせないようにと対処しているように見えました。
だんだん「私モンペと思われてるの?」と思うくらいに・・・。

 

Aくんは息子のことが大好きなようで、どうしても息子にベタベタしてきます。
大好きすぎてずっとくっついています。

 

息子はイヤでもイヤと言えない子なので、我慢します。
そうするとまたストレスが溜まり腹痛を起こし、休んでは対処してもらい解決するという日々が続いていました。

 

そうこうしながら、夏休みになりました。
Aくんや先生とは合わないな、と思いながら。

 

夏休み明けにがく然としたこと

 

夏休み明けの下校時、担任から「今日から教室も2つに分かれることになりました」と言われました。

 

は?と思ったけど、息子が早く帰ろうとして話せないので、明日詳しく聞こうと思ってその日は帰りました。

 

翌日迎えに行ったとき、ちょうど前担任に会いました。
いい機会だと思って、私は前担任に「どうして教室も分けたのか」と聞いてみました。

 

すると、「先生たっての希望です。」と。
息子の担任が、教室も分けてほしいと要望を出したんだそうで。

 

「私は1年間一緒でいいと思ったんですけどね・・・なんか先生、私が色々口出しするのが気に入らないみたいで。言うとムスッとしちゃうんですよ・・・。だから言えなくなっちゃって。」と言われました。

 

結局、息子の担任は自分の都合で教室も分けるという提案をしたということになります。

 

腹が立ちすぎて言葉もなかったです。
それから担任が息子と来て、そのときは作り笑いをするのが精いっぱいだった。

 

だいたい、年度途中で学級分けるってどうなんだろう、と。
夏休み明け行っていきなり、「今日からこっちの教室で、息子くんは2組ね」なんて言われて。

 

しかもそれが、子供のためじゃなくて先生のためだなんて。

 


はっきり言ってやろうと思ったけど、児童の間では目が怖いとか笑ってないとか、担任は言われていて。

 

私も正直何考えてるかわからないようなタイプの先生だなと思っていたので、今後息子に何かあったら困ると思って言えなかった・・・。

 

でも、言えば良かったんだよな。
なんでこんなこと考えなきゃならないんだろうと思いながら過ごしていました。

 

 

そしてある日、個人懇談がありました。
そこで「どうして教室も分けたんですか?」とちょっとカマかけて聞いてみました。

 

すると「学級のものもだいぶそろったので、もう分けてもいいかな~と思いまして」と。

 

「いや、全然そろってませんよ、むしろ急いで作った感ありありでがらーんとしてますよね?」と言いたくなったけど抑えて。

 

 いつも懇談のとき息子は廊下で待ってくれています。
でもその日に限って息子は機嫌が悪くて、私の横でゴロゴロしていたので、そこでも言えなかった。
息子は会話を聞いているから。

 

 教室も分かれてしまい、Aくん以外の支援学級の友だちと接する機会がぐんと減ってしまいました。

 

 これが何を示しているか…。
Aくんのベタベタがより一層多くなりました。

 

 毎日やりとりする先生との連絡帳では、Aくんといつも二人で楽しそうですと書かれていて…でも、ずっとモヤモヤして。

 

 そのくらいからたまに「胃が痛い」と言うようになって、ちょこちょこ胃薬を飲んでいました。

 

長くてすみません。次回に続きます。
良かったらこちらも併せてご覧ください。

 

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