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続・すべての始まりは、学校内の「環境変化」からだったのかもしれない

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前回記事、【すべての始まりは、学校内の「環境変化」からだったのかもしれない①】の続きです。

 

秋になり、たまに胃痛を訴えるものの、休むことなく新しい教室でなんとか過ごしていました。

 

でも息子にとってはどんどん苦痛になっていたのかもしれません。
いや、間違いなく。

 

 

運動会で起きた、決定的な事件

 

息子の住む街では、年に1度支援学級在籍の子供を集めて運動会が開催されます。

 

支援学級の担任同士が合わないことは前担任から話を聞いて知っていたけど、少人数なんだから協力し合えばいいのに、というくらいギクシャクしていて。

 

去年はみんなでワイワイ楽しく参加していたのに、今年は真っ二つに分かれて行動して。
「何か変なの」と思いながらも競技を見ていました。

 

お弁当休憩の時間になり、みんなでお昼ご飯を食べました。
食事に時間のかかる息子に対して、ぱぱっと食べるAくん。
もちろん先に食べ終わります。

 

そして息子も食べ終わるや否や、待ってましたとばかりに「遊ぼう!」と。

 

息子は学校行事が苦手なので、行事のときはいつもの何倍も疲れます。
そのときもすごく疲れていて、イスに寝っ転がっていたくらいで。
少し休ませていました。

 

でも、Aくんはぐったりしている息子のもとへやってきて、何度も何度も「遊ぼう」と言ってきます。

 

「ごめんね、疲れてるから今は遊べないよ」と私が言っても「遊ぼう」

「〇〇ごっこしよう!息子くん!」

 

息子は小声で「ここでは遊べないし疲れてるからムリ」と言いました。
私も周りの大人も、「休ませてあげてね」と伝えました。

 

それでもしつこく「えーやだー遊ぼう」と言って、今度はむりやり手を引っ張ってきました。

 

周りが焦るくらいに腕をつかむその力があまりにも強くて、引っ張る力も強くて。
危ないと思って、とっさにつかんだ手を離しながら…「そんなに強くつかむと痛いよ、やめてね」と言って息子とAくんを離しました。

 

 息子がAくんに対して辛い気持ちを持ってしまった決定的な出来事でした。

 

そのときAくんのお母さんはというと、気にせず私の母とべらべらしゃべってました…。
この一部始終をそのとき知ることはありませんでした。

 

 

腹痛がまた復活し、先生の対処もあいまいな日々

 

それから数日して、またちょくちょくお腹が痛いという日が続きました。
薬を飲ませたり、時には休ませながら様子を見ていました。

 

運動会であったことは、すぐ先生に話しました。
すると先生はまた、「ご心配おかけしてすみません」と。

 

 「息子はイヤな思いをしてもなかなか言えないので、少しAくんとの関係を注意して見て欲しい」と伝えました。

 

そのあと、「Aくんに聞いたら覚えていて、今日息子くんに向かって謝らせました。
どうしても友だちとの関わりに課題のある子なので、そこはお母さんとも先日お話したところで…気をつけて見ていきたいと思います。」と言われました。

 

 覚えてるということは、理解できていないわけじゃない。
しかも謝らせたって。なんか違うなって。

 

求めたのは謝らせることじゃなくて、「どういうことが息子をイヤな気持ちにさせたか理解してほしい」というところなのに・・・。

 

息子が不登校になったあとに担任から聞いた話ですが、この運動会の一件をきっかけに、息子とAくんの仲がギクシャクしていたそうで。

 

なぜそれを、不登校になるまで伝えなかったのか。
連絡帳だってあるのに、そんなことは一切書いていなかった。

 

仕方のないことは、我慢すれば済む。でもそれもおかしい。

更に汚いものが苦手な息子は、Aくんのある生理現象がとてもイヤだと。
これも「学校に行きたくない」と言ったときに教えてくれました。

 

不登校になって先生と話したとき、この生理現象のことを言ってきて。
知ってたのかよ…。
後手後手に、あいまいな対応をとる先生が信頼できなくなりました。

 
わざとやっていることではないので、直してくれとも言えません。
おそらく本人が気をつけても、どうしても起こってしまうものだから。

 

もしもその生理現象をどうにかしてほしいと要望すれば、Aくんの親から「差別だ、いじめだ」と言われかねない。

 

では息子が我慢すればいいのかというと、それもおかしい。
先生もあいまいな対応しかしない。

 

学級が変わり、途中から教室も変わり、苦手な子とはいつも一緒、先生は頼りない。
色んなことが蓄積された結果が、不登校になってしまったのだと思います。

 

それもこれも、校長があんな判断をしなければ。
学校自体が合わないのかもしれない。
でもこんな環境じゃなければ、苦しみは軽減されていたかもしれない。

 

そう思うと、学校そのものに不信感を抱いてしまいます。
学校や先生が勝手に決めたことが全部裏目に出て、今息子が苦しんでいる。

 

学校って何なのだろう。
子供のための学校じゃないのかな。
いいように子供を動かしたいだけなのかなとさえ、思えてきて。

 

なんか悔しくて。
息子がこんなになるまで頑張らせてしまった自分が情けなくて。

 

ようやく、学校という支配から抜け出せた気がします。
学校は行けるなら行ったほうがいい。
でも、こんなに子供の心が苦しくなる場所なら、ムリして行かなくていい。

 

今は誰がなんと言おうと、子供を第一に考える。
そう思って過ごしています。

 

 

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